「SaaSは終わった」という言葉を、この二年ほど、業界の講演でほとんど毎回のように耳にします。
確かめておく価値はあります。この一言をもとに、実際の判断が下されているからです。創業者はロードマップを書き換え、買い手は導入を先送りし、投資家はソフトウェアの評価を下げています。
結論から言えば、AIはある種のソフトウェア事業を確かに壊し、別の種類のソフトウェア事業をむしろ強くしています。自社がどちらに属するかは、今日、一時間ほどで自分で判断できます。
この記事で扱うこと
- なぜAIがSaaSを殺すと言われるのか。 三つの論点と、それを唱えているのは誰か。
- なぜそれが全体像ではないのか。 数字が実際に示していること。
- 自社の製品に向ける六つの問い。 AIに置き換えられる側ではなく、AIを使う側に回るために。
第一部 なぜAIがSaaSを殺すと言われるのか
本来は別々の三つの論点が、一文にまとめて語られています。同じ話ではないので、分けて考えたほうが見通しが良くなります。
三つの論点
- 価格。 ソフトウェアの多くは一人あたりで売られています。AIによって必要な人員が減れば、買うライセンスも減ります。顧客は同じで、売上だけが減ります。
- アプリケーション層。 サティア・ナデラ氏は2024年12月のBG2ポッドキャストでこの主張を述べました。業務アプリケーションとは要するに "CRUD databases with a bunch of business logic" であり、エージェントの時代にはその業務ロジックがAIの層へ上がっていく、という趣旨です。つまりCRMとは、データベースの上にルールが載ったものにすぎない。エージェントがデータベースを読み、ルールを適用できるなら、アプリケーション自体は要らなくなるかもしれない、という理屈です。
- 模倣。 ソフトウェアを作る費用は大きく下がりました。かつて少人数のチームで三か月かかったものが、いまは優秀な開発者一人の週末に収まります。では、他社が自社製品を真似るのを何が妨げるのでしょうか。
根拠として挙げられるもの
- Klarna。 2024年、同社の最高経営責任者はSalesforceを停止し、Workdayも停止すると述べました。
- 評価額の急落。 Aventis Advisorsが継続的に集計している上場ソフトウェア企業の倍率では、2021年の大半は売上高の18倍から19倍でした。2026年3月時点の中央値は3.4倍で、約82%の下落です。
- HubSpot は2026年第2四半期に20%成長しながら、通期見通しを引き下げました。
この一覧を流し読みすると、議論は決着したように見えます。決着していません。
第二部 なぜそれが全体像ではないのか
価格の論点は正しい
これは成り立ちます。席数課金は、企業の仕事量が人員数とともに増えるという前提に立っています。AIが壊すのは、まさにこの前提です。
四十人のサポート部門が同じ量の仕事を十二人でこなすようになれば、ベンダーは顧客を失わないまま、何ら落ち度もないまま、二十八のライセンスを失います。
そのためベンダー各社は課金方法を変えつつあります。従量制へ、クレジット制へ、場合によっては成果連動へ。HubSpotの見通し引き下げにも、この要素が含まれています。同社は、試用と成果を軸にした価格体系への転換によって検討期間が長くなっていること、加えて予算の引き締まりと商談期間の長期化を挙げています。
ただし、それが何であるかは見ておくべきです。 価格表を作り直している会社は、死につつある会社ではありません。価格改定という一つの案件と、業績の厳しい四半期があるだけです。
「アプリは消える」という論点は、間違いではなく早すぎる
エージェントがアプリケーションを置き換えるには、二つの条件が要ります。
- データに届くこと。 企業のデータの大半は、乗り換えを容易にする動機を持たないベンダーの内側にあります。状況は改善していますが、「エージェントが読める」ことと「経理部門が受け入れる権限管理・監査証跡・信頼性を備えたうえで読める」ことのあいだには、何年もの隔たりがあります。
- 誰かが責任を負うこと。 この論点は、そこを飛ばしています。アプリケーションは画面の集まりではありません。責任の所在が形になっている場所です。誰が承認したのか、誰が、いつ、どの規程に基づいて変更したのか。監査人はそれを人に問います。モデルには問いません。
Klarnaは、誰もが引用し、誰も最後まで語らない例
KlarnaがSalesforceとWorkdayをやめたのは事実です。そのあと何に移ったのかは、あまり語られません。
生データの上で動くエージェントに置き換えたのではありません。別のソフトウェアベンダーに移り、人事はDeelを採用し、その傍らで自社の統合データ基盤を構築しました。Siemiatkowski氏は2025年3月、本人がこう述べています。"we did not replace SaaS with an LLM"。
さらに2025年5月、Klarnaは顧客対応の自動化を見直し、品質が落ちたと判断して人員の採用を再開しました。
ここから読み取るべきはAIが役に立たないということではありません。Klarnaのアシスタントは膨大な量を処理しましたし、いまも処理しています。教訓はもっと限定的で、そしてこの記事でいちばん役に立つ一文です。業務を自動化することと、記録の正本を担うシステムを置き換えることは、別々の案件である。 エージェントがソフトウェアを置き換えた証拠として持ち出される会社は、結局のところ別のソフトウェアを買ったのです。
模倣の論点には、いちばん意外な答えがある
作る費用が下がったのは本当です。安く作れることが決め手なら、市場にあふれる新しいAI製品は顧客を獲得し、そして留めているはずです。
留められていません。ChartMogulは約3,500社のソフトウェア企業について、2025年を通じて継続率を計測しました。
- AIネイティブ製品が一年で維持した売上は48%。 既存のB2Bソフトウェアは82%でした。どちらも純継続率なので、同じ物差しです。
- 最も安価なAI製品が、際立って悪い。 月額50ドル未満の製品が維持した売上は23%でした。
- 高価格帯はそうではない。 月額250ドルを超えるAI製品は、既存の業務ソフトウェアとほぼ同水準でした。
真ん中の数字がすべてを語っています。安価なAI製品が集めるのは「試してみている人」であり、試すという行為はいずれ終わります。
逆方向を示す部分も付け加えておきます。そちらのほうが示唆に富んでいます。AIネイティブ製品の継続率は2025年のあいだに改善しており、総継続率で1月の27%から9月には40%になりました。初期の試用者が離れ、本気の顧客が残ったということです。ただし、この差の一部は同じ企業が良くなったからではなく、その時々で数えられた企業が違うことに由来します。強く寄りかかるべき数字ではありません。それでも、崩れていく市場ではなく、成熟していく市場の姿です。
難しかったのは、製品を作ることではありませんでした。 難しかったのは、販路、信頼、サポート、連携、法令対応、そして時間をかけてデータの置き場所そのものになることでした。AIはそのどれ一つ易しくしていません。もともと堀とは言えなかった唯一の堀を消し、他の堀はすべて残したのです。
2026年に大手ソフトウェア企業が実際に発表した数字
以下はいずれも各社自身の四半期決算からで、誰かによる要約ではありません。
- ServiceNow。 サブスクリプション収益は約25%増、AI製品の年間契約額は10億ドルを突破。
- SAP。 クラウドの受注残高は為替中立ベースで26%増。
- Adobe。 AI関連の継続収益は前年同期比で三倍を超え、5億ドルを突破。通期目標も引き上げ。
- Workday。 サブスクリプション収益は引き続き成長し、利益率見通しを引き上げ。
- HubSpot。 20%成長、価格体系の移行期にあたり見通しを引き下げ。
先の82%という評価額の下落について、もう一点。その大半は、エージェントが本格的な話題になる前に起きています。2022年に金利が上昇し、世界中の赤字成長企業が一斉に評価し直されました。ソフトウェアの成長率は、それ以前からすでに鈍っていました。AIへの懸念は、到来した時点ですでに四年目に入っていた評価見直しの、いちばん新しい層にすぎません。
では、実際に何が死ぬのか
SaaSではありません。その一部です。
本当に危ういもの
- モデルを薄く包んだだけのもの。指示文と入力欄と月額課金。いずれモデル提供者が標準機能として出します。
- 価値が画面にあった製品。「このデータを見やすくする」のが仕事なら、エージェントはデータを直接見ればよいのです。
- 統合が進んでいる職種に向けて売られている、席数課金のソフトウェア。
- カードで買って忘れられる単機能ツール。先ほどの23%が住んでいるのはここです。
むしろ強くなるもの
- 記録の正本を担うシステム。正しい版を保持している側は、それを読むだけのものには置き換えられません。
- 監査や規制の重みを負うソフトウェア。誰かが責任を負う必要があります。
- 深く組み込まれた業務ソフトウェア。乗り換えの費用はライセンス料ではありません。十四の連携、習熟した担当者、四年分の履歴です。
- 汎用モデルが持ち得ないデータや業務プロセスを備えた、業種特化のソフトウェア。
第三部 自社の製品に向ける六つの問い
正直に答えれば、自社が線のどちら側にいるか分かります。多くは、すでに手元にあるデータで答えられます。
1. 顧客のAIエージェントが自社データベースに完全にアクセスできるとして、それでも自社が必要とされる理由は何か
正直な答えが「画面」なら、問題があります。「連携、監査証跡、そしてデータが正しいのは我々が正しく保っているからだ」であれば、立ち位置は堅牢です。
2. 売上のうち席数に依存する割合はどれだけで、その席に座っているのは誰か
自動化の影響を最も受けやすい職種が保有するライセンスを数えてください。それが自社の露出の大きさで、今週中に測れます。
3. 自社は記録の正本か、それとも正本を映した画面か
画面は置き換えられます。正本は引き継がれます。
4. 顧客のデータが自社システムにどれだけ蓄積されれば、乗り換えが痛くなるか
乗り換えが決して痛くないなら、価格決定力はAIの有無にかかわらず下がり続けます。
5. 解約は最安プランに偏っていないか
偏っているなら、問題は製品ではなく、誰に売っているかです。最安プランは、収益の衣をまとったマーケティング費用であることがよくあります。
6. 自社製品のAIによって、顧客は何をやめられるのか
機能一覧に「AI搭載」と書いても、ほとんど何も起きません。顧客が実際に行わなくなった具体的な作業が一つあれば、大きく効きます。その作業を誰も言葉にできないなら、それは宣伝文句です。
置き換えを待つのではなく、AIをてこにする
数字が示す型は単純です。うまくいっている企業は、AIを機能として付け足していません。顧客の仕事をより多く引き受けるためにAIを使っています。
そこから導かれる実務的な三つの打ち手があります。
- 広げるより、深く。 機能を一つ増やすのではなく、一つの業務をより多く引き受けること。乗り換えを高くつかせるのは深さです。
- 正本になること。 顧客が預けてくれるデータの一つひとつは、出荷する機能一つより価値があります。
- 席ではなく成果に課金すること。 自社のおかげで顧客の人員が減るなら、そのときに自社の価格が下がる建て付けにすべきではありません。
要点
- 席数課金は本当に厳しい。この部分の話は事実です。
- 記録の正本を担うシステムは、以前より安全になりました。危うくなったのではありません。
- ソフトウェアを作る費用は下がりました。信頼される費用は下がっていません。
- データ上で派手に消えていった製品の多くは、もともと続くはずのなかった安価な実験でした。AIがそれらを殺したのではありません。数千件を立ち上げやすくしただけです。
AIはSaaSキラーではありません。そのソフトウェアがそもそも対価に値したのかを見極める、たいへん優れた試験です。
私たちが関わるところ
私たちは欧州、日本、湾岸地域の企業向けにソフトウェア製品を開発・運用し、その内側で動くAIシステムを構築しています。いま業務の相当部分は、創業者の方がこの一覧の最初の問いに正直に答えるのを手伝うことに充てられています。
自社製品について率直な第三者の見方が必要でしたら、30分お取りください。資料の説明はいたしません。