成長しているSaaS企業にとって、正社員のエンジニアを採用することは、次の一手として自然に見えます。自社で握れる範囲が広がり、社内に人がいて、外部への依存がひとつ減る。
ただ、早い段階での正社員採用は、製品の判断だけでは終わりません。人と労務に長く責任を持つという判断でもあります。創業者が率いるSaaS企業では、この判断を急いだ結果、本来速めたかったはずの歩みがかえって遅くなることが少なくありません。
採用のミスマッチは給与よりはるかに高くつく
合わない採用の代償は、数か月分の給与では終わりません。
リリースは遅れ、技術的な判断に無理が生まれ、チーム内に摩擦が起き、やり直しが増え、保守しにくい製品が残ります。人を入れ替えるということは、採用活動をもう一度やり直しながら、残された仕事の後始末も同時に進めるということです。
小さなSaaS企業では、たった一件のミスマッチでロードマップが数か月後ろにずれることがあります。
雇用に伴うのは月々の給与だけではない
最初の一人を迎えた時点で、その後ずっと続く義務が発生します。
- 給与計算。 リリースが出せた月かどうかにかかわらず、毎月期日どおりに。
- 税と社会保険。 正しく控除し、期限内に届け出る。
- 雇用契約。 きちんと作り、その人が実際に働く場所の法律で通用する形にする。
- 休暇の制度。 年次有給、傷病、祝日、そして不在のあいだ誰が受け持つか。
- 法定の福利。 会社が用意したいものではなく、法律が求めるもの。
- 各国の労働法規。 国ごとに異なり、把握しておく責任は経営側にあります。
そして相性が合わなかったとき、関係を終えることは、給与の支払いを止めるほど単純ではありません。予告期間、退職に伴う支払い、引き継ぎ、記録の整備、法令順守と、いずれも手当てが要ります。求められる内容は国によって違いますが、責任を負うのはいずれにせよ経営側です。
創業者が製品ではなく人の管理に時間を使うようになる
立ち上げ期のSaaS企業に必要なのは集中です。顧客の声を聞き、製品を良くし、事業の成り立ちを確かめなければなりません。
社内にチームができれば、受け入れ、優先順位づけ、フィードバック、評価、将来の話、そして日々の相談が必要になります。製品を前に進めたかったはずの創業者が、気づけば週の多くを人の管理に使っています。
それ自体が悪いわけではありません。ただ、別の仕事だというだけです。
採用には時間がかかり、製品の勢いは失われやすい
合う人を見つけるには数か月かかることもあります。最も良い候補者がすぐ動けるとは限らず、急いで決めた採用は、避けたかったはずのミスマッチをそのまま生みます。
その間も顧客の声は待たされ、競合は出し続け、積み残しは増えていきます。
製品が速く変わっている段階では、身軽さのほうが常勤の一席より価値を持つことがよくあります。
一人が製品チームのすべてになってはいけない
正社員のエンジニアが一人だけの場合、その人がコードとインフラ、そしてそれらを形づくった判断を知る唯一の存在になりがちです。その人が抜ければ会社は振り出しに戻り、しかも製品は以前より複雑になっています。
体制がどうであれ、コード、各種アカウント、ドキュメント、そして製品がどう動いているかという知識は、会社の側に残しておくべきです。これは社員でも、業務委託でも、開発会社でも変わりません。
問うべきなのは「採用すべきか」ではない
問うべきなのは、いま製品が何を必要としているか、です。
ロードマップが定まり、仕事の量が読め、長期の役割として引き受けるに足る責任が続いているなら、正社員の採用はきわめて良い判断になります。
けれども製品がまだ顧客との対話や優先順位の変化、試行錯誤のなかで形を変えている段階なら、早すぎる約束は勢いではなく重さを増やします。
SaaS事業が正社員を採るべきなのは、チームをつくる準備ができたときであって、単に何かを作る必要があるからではありません。
ご一緒しているSaaSの創業者から、この悩みは本当によく伺います。だからこそ私たちは、柔軟な関わり方を用意しました。必要な支援を週単位、月単位、あるいは日単位で。製品の主導権を手放すことも、早すぎる正社員採用に踏み切ることもなく進められます。ご自身の段階で何が妥当かを話してみたい場合は、ご都合のよい時間をお選びください。